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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)9556号 判決 1985年8月26日

原告(反訴被告) 宮地三得夫

右訴訟代理人弁護士 高芝利徳

同 高芝利仁

被告(反訴原告) 左右田甲

右訴訟代理人弁護士 小林伴培

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し、別紙物件目録第二記載の建物を収去して、別紙物件目録第一記載の土地を明渡せ。

三  訴訟費用は、本訴、反訴とも原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し、原告が別紙物件目録第一記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、左記内容の借地権を有することを確認する。

期間 定めなし。

目的 建物所有。

賃料 年額金三万七五〇〇円。毎年一一月末日払い。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の本訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し、別紙物件目録第二記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、本件土地を明渡せ。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴

1  請求原因

(一) 法定地上権

(1) 原告は、昭和二三年一月九日、訴外亡宮崎吉次(以下「亡吉次」という。)に対し、金二〇万円を、弁済期日同年二月八日、利息年六分の約定で貸し渡し、その際、亡吉次との間で、亡吉次が原告に対し、担保として、同人所有の本件建物に右貸金を被担保債権とする抵当権を設定し、併せて、弁済期日までに債務の支払をしないときは、原告の一方的な意思表示によって、金二〇万円の弁済に代えて本件建物を代物弁済として原告に所有権を移転する旨の停止条件付代物弁済契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同日、本件建物につき抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記を受けた。

(2) 亡吉次が昭和二三年四月一日死亡し、宮崎仙七ほか六名が相続人(以下「宮崎相続人」という。)となったが、亡吉次及び宮崎相続人が前記債務の支払をしないので、原告は、昭和二六年一一月六日までに宮崎相続人に対し、本件建物を代物弁済として取得する旨の意思表示をした。そして、原告は宮崎相続人を相手に本件建物の所有権移転登記手続及び明渡を求める訴えを提起し、昭和二七年六月二七日勝訴判決をえて、昭和二八年一一月一〇日、本件建物につき所有権移転登記(本登記)を受けた。

(3) 本件土地を含む分筆前の東京都千代田区神田錦町三丁目三番五宅地六五坪九合九勺(以下「分筆前の土地」という。)は、昭和二三年一月九日当時、合名会社安田保善社の所有であったが、亡吉次において、分筆前の土地をほどなく買取るとのことで本件契約を結び、同年三月二日売買により分筆前の土地の所有権を取得した(同月二二日付で所有権移転登記を経由した。)ので、本件土地と本件建物とが同一所有者に属していた。

(4) 右のとおり、本件建物につき、代物弁済によって原告に所有権が移転し、所有権移転請求権仮登記に基づく本登記がされたものであるところ、本件建物の所有権移転が抵当権に基づく競売ではなく、抵当権の設定と併用した停止条件付代物弁済契約の仮登記に基づく本登記がされた場合にも、本件建物の敷地である本件土地につき、民法三八八条が類推適用されるべきであるから、原告は本件土地につき法定地上権を有する。

(二) 亡吉次からの賃借権の取得

亡吉次は、本件契約を締結した際、原告に対し、原告が本件建物の所有権を代物弁済によって取得した場合には、敷地である本件土地を賃貸する旨を約した。そして、原告は、前記(一)(2)記載のとおり、本件建物の所有権を取得したので、本件土地の賃借権をも取得した。

(三) 被告からの賃借権の取得

原告は、昭和二八年一一月一六日ころ、被告との間で、本件土地につき、被告が宮崎相続人との間で従前締結していた本件土地に関する賃貸借契約と同一内容の賃貸借契約を締結し、賃借権を取得した。

(四) 時効による賃借権の取得

原告は、本件土地につき賃借権を有するものと信じていたが、被告が地代を受領しないため、昭和二八年一一月以降地代を供託し、本件土地を賃借する意思で平穏、公然と本件建物を所有して本件土地を使用してきたから、善意、無過失による一〇年の(昭和三八年一一月ころ時効完成)、又は二〇年の(昭和四八年一一月ころ時効完成)時効が完成している。原告は、本件訴訟において右時効を援用する。

(五) 以上のとおり、原告は本件土地につき借地権を有するところ、被告がこれを争うので、借地権の確認を求める。

2  請求原因に対する答弁及び主張

(一) 請求原因(一)の(1)の事実は知らない。同(2)のうち、亡吉次が昭和二三年四月一日死亡し、宮崎相続人が相続したこと、原告が昭和二八年一一月一〇日本件建物につき所有権移転登記を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。同(3)のうち、分筆前の土地が合名会社安田保善社の所有であったこと、亡吉次が昭和二三年三月二日分筆前の土地の所有権を取得し、同月二二日その旨の所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の事実は知らない。同(4)の事実を否認する。請求原因(二)ないし(四)の事実を否認する。

(二)(1) 法定地上権が成立するためには、抵当権設定当時、土地と建物が同一の所有者に属することを要するところ、本件契約締結当時、本件土地と本件建物の所有者が同一人ではなかったから、法定地上権の成立する余地はない。

(2) 宮崎相続人は、昭和二四年三月七日、分筆前の土地につき、東京中制衣料品小売商業協同組合に対し、借入金七〇万五四四円の債務の担保として抵当権を設定したところ、右抵当権に基づく競売が行われ、昭和二八年六月二四日、訴外高橋仙吉、堀池重次郎が競落によって右土地の所有権を取得し、更に、同日、堀池重次郎の単独所有となった。そして、堀池は、分筆前の土地から、昭和二八年七月八日別紙物件目録第一(一)の土地を、同年一〇月五日同(二)の土地をそれぞれ分筆したうえ、右各分筆日に右各土地(本件土地)を被告に譲渡し、被告は、各同日、右各土地につき所有権移転登記を受けた。したがって、原告が本件土地の借地権を取得したとしても、被告の本件土地所有権取得後であるから、被告に対抗できない。

3  抗弁

(一) 被告は、本件土地取得後間もなく、宮崎相続人との間で、被告を貸主、宮崎相続人を借主とする本件土地の賃貸借契約を締結したが、宮崎相続人が地代を一度も支払わなかったため、昭和二八年一〇月末ころ、宮崎相続人の債務不履行を理由に、右賃貸借契約を解除した。

(二)(ア) 仮に原告が本件土地につき借地権を有するとしても、原告が本件建物の所有権を取得し本件土地の借地権を取得したと主張する昭和二六年一一月六日から三〇年後の昭和五六年一一月六日には本件土地借地権の期間が満了するところ、被告は、本件反訴において、借地契約更新に異議を述べ、右は昭和五四年一〇月三日原告に到達し、その後訴訟が係属していたから、昭和五六年一一月六日の経過により、借地契約は終了した。

(イ) 右更新拒絶には次のような正当理由がある。

① 被告の現住居は、借家で、手狭なため子供は他に家を借りて別居するを余儀なくされている。

② 被告は写真植字等の営業を営んでいるが、本件土地上に工場を拡張する必要がある。

③ 本件建物は昭和二三年一月以前に建築されたもので、しかも古材を使用してあるから、老朽化している。

④ 原告は他に不動産を所有し、本件土地を自己のため使用する必要はない。

⑤ 原告は、金二〇万円の貸金を回収するため本件建物を取得したものであるが、長期間にわたって本件建物を他に賃貸し、元利金を回収している。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実は知らない。

(二) 抗弁(二)の事実を否認する。原告は、本件建物以外には資産はなく、老齢で働けない状況にあるのに反し、被告は、盛大に印刷業を営み、近くに土地を所有しているので、更新拒絶につき正当理由がない。

二  反訴

1  請求原因

(一) 被告は、本件土地を所有している。

(二) 原告は、本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有している。

(三) よって、被告は原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すよう求める。

2  請求原因に対する答弁

請求原因事実を認める。

3  抗弁

本訴請求原因(一)ないし(四)のとおり

4  抗弁に対する認否、反論及び再抗弁

本訴請求原因に対する答弁及び主張並びに抗弁のとおり。

5  再抗弁に対する認否

本訴抗弁に対する認否のとおり。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴について

1  法定地上権について

(一)  請求原因(一)の事実中、亡吉次が昭和二三年四月一日死亡し、宮崎相続人が相続したこと、原告が昭和二八年一一月一〇日本件建物につき所有権移転登記を受けたこと、分筆前の土地が合名会社安田保善社の所有であったところ、亡吉次が、昭和二三年三月二日、分筆前の土地の所有権を取得し、同月二二日その旨所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、請求原因(一)(1)の事実、及び同(2)の事実中、原告が宮崎相続人に対し昭和二六年一一月六日までに本件建物を代物弁済として取得する旨の意思表示をし、その後、本件建物につき所有権移転登記手続及び明渡を求める訴えを提起して勝訴判決を得たこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  右事実によれば、原告が本件契約に基づき本件建物につき所有権を取得したものと認められるところ、原告は、本件建物の所有権移転が抵当権の設定及び所有権移転請求権保全の仮登記を併用した停止条件付代物弁済契約の条件成就に基づくものであるから、本件建物の敷地である本件土地につき法定地上権が成立すると主張するので検討する。

(1) 土地又は建物につき所有権の移転を目的としてされた停止条件付代物弁済契約又は代物弁済予約で、その契約による権利について仮登記されたものは、担保権と解される(仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)施行前のものであってもその性質に変りはない。)ので、右担保権(以下「仮登記担保権」という。)の実行により土地と建物の所有者がそれぞれ別々になるに至ったときに、建物の社会経済的な価値の保全のため、土地の利用権(地上権、借地権)を法律上当然に成立させる必要のある場合が生ずる。

(2) 土地と建物のうち、土地のみについて仮登記担保権が設定され実行された場合には、建物の所有者が土地の所有権を失うことに備えて、予め仮登記担保契約の締結時に自己の土地について建物所有のための利用権を設定することは法律上不可能であり、事実上も困難であるから、法定の利用権を当然に成立させる必要がある(仮登記担保法一〇条参照。なお、同法施行前のものについては、前記の理由から民法三八八条が同条の他の要件を具備する限り類推適用されるものと解される。)。

(3) しかしながら、建物のみについて仮登記担保権が設定された場合には、建物についての仮登記担保権者は、将来仮登記担保権の実行の結果、建物の所有権を取得しても土地の利用権のないことは承知しているはずであるから、仮登記担保権を設定した段階で土地につき建物所有を目的とする停止条件付賃借権ないし地上権の設定契約を締結することが法律上も事実上も可能である。したがって、この場合、法定の地上権、借地権を成立させる必要はない(同法一〇条参照)。

(4) そうならば、本件建物に対する仮登記担保権の実行に伴い、本件土地につき当然に法定地上権(ないし法定借地権)が成立したとの原告の主張は、その余の点について検討するまでもなく失当といわなければならない。

2  亡吉次からの賃借権の取得

(一)  《証拠省略》及び前記1(一)(二)の事実によれば、亡吉次は、本件契約を締結した際、原告が本件建物の所有権を代物弁済によって取得した場合には、原告に対し、その敷地である本件土地を賃貸する旨を約した(ただし、その賃料、期間等の具体的定めはなかったものと認められる。)ものと認めるのが相当である。けだし、原告が代物弁済によって取得した本件建物を取り壊し或いは他所へ移動させる目的で仮登記担保契約を締結したと認めるべき特段の事情があるとは認められないので、敷地につき利用権(性質上使用借権とは考えられない。)を設定する旨の黙示の契約がされたものと推認される。

(二)  《証拠省略》によれば、請求原因に対する答弁及び主張(事実摘示2)(二)(2)記載のとおり、昭和二四年三月七日に設定された抵当権に基づき、分筆前の土地につき競売が行われ、昭和二八年六月二四日、訴外高橋仙吉及び同堀池重次郎が競落によりその所有権を取得したのち、訴外堀池重次郎の単独所有となり、同訴外人は、分筆前の土地を、別紙物件目録第一(一)及び(二)の土地に分筆したうえ、昭和二八年七月八日右(一)の土地を、同年一〇月五日右(二)の土地をそれぞれ被告に譲渡し、被告が右各土地(本件土地)を取得し、所有権移転登記手続を受けた事実が認められるが、建物に仮登記担保権が設定された(昭和二三年一月九日)後に、土地に抵当権が設定され(昭和二四年三月七日)、建物につき仮登記担保権が実行された(昭和二六年一一月六日)後に土地につき抵当権が実行された(昭和二八年六月二四日)場合には、土地の競落人及びその譲受人は、建物の仮登記担保権者と旧土地の所有者(債務者)との間に成立した約定利用権(賃借権)で制限された土地の権利を取得するものと解するのが相当である(このような場合、抵当権者は、土地上に同一所有者の建物が存在していることを知悉していたものと認められ、建物につき仮登記担保権が実行されなければ法定地上権の制約を受ける筋合いであり、右仮登記担保権が実行されれば、前記(一)のとおり、仮登記担保権者と旧土地所有者との間の約定利用権(賃借権)が顕在化するから、右約定利用権の制約を受けることは当然といわなければならない。このことは、代物弁済による建物所有権の移転登記日(前記のとおり昭和二八年一一月一〇日である。)が土地所有権の移転登記日(同年七月八日と一〇月五日)に遅れていても、結論に変りはない。)。

3  なお、原告は、昭和二八年一一月一六日ころ、被告との間で本件土地に関する賃貸借契約を締結したと主張する(請求原因(三))が、右主張に沿う原告本人尋問の結果は《証拠省略》と対比してたやすく措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、また、時効により賃借権を取得したと主張する(請求原因(四))が、原告において、被告が原告の賃借権の存在を否定し、地代を受領せず、原告において昭和二八年一一月以降供託していたことを自認しているのであるから、原告に本件土地の賃借権が存在したというべき状態が継続していたものとみることはできないので、右各主張はいずれも理由がない。

そこで、抗弁について判断する。

(一)  抗弁(一)の事実は本件全証拠によるもこれを認めることができない。

(二)  抗弁(二)(正当理由)について

(1) 前記のとおり、原告と被告との間で、本件土地につき賃貸借契約が存在しているものと解されるところ、原告が本件建物の所有権を取得し、本件土地の賃借権を取得した日は昭和二六年一一月六日と認められるから、昭和五六年一一月六日には本件土地に関する賃貸借契約の期間が満了したものと解される。しかして、被告が右契約の更新を拒絶していることは本件訴訟の経緯に照して明らかである。

(2) そこで、契約更新拒絶につき、正当理由の有無について判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(ア) 被告は、写真製版を主たる業務とする訴外株式会社三星舎写真製版所(以下「訴外会社」という。)を経営し、本件土地の隣地に所在する訴外藤田新太郎所有の鉄筋三階建建物を賃借して、一階と二階を訴外会社の工場に、三階を被告が住居として二女と共に使用している。

(イ) 訴外会社は、カメラ二台、自動現像機、プリンター各一台を使用し、カメラで撮影したものを現像してプリンターでフィルム加工しているが、カメラの長さが約八メートル、幅が約二メートルあって、右建物の一階はカメラ一台、現像機、プリンターを置くと他に余裕はなく、二階も作業をするにも手狭であり、右備付けのカメラはB半截(新聞の見開き二頁分)であるが、印刷会社の需要から将来は一回り大きいA半截の写真製版の出来る機械を備付ける必要があり、その場合、ライトテーブル等附属品も増え、現況の作業場では作業が著しく困難な状況にある。

(ウ) 訴外会社は被告のいわゆる個人会社で、営業は二男(左右田大美)とその妻が行い、他に従業員四名いるが、二男夫婦は右建物が狭いため同居できず、都内新宿に居住して右作業場に通勤している。本件土地が明渡されれば、現在の作業所と隣接して写真製版の新しい機械を備付けることができる作業所と主として営業を担当している二男夫婦の住居を確保することができる。

(エ) 本件建物は木造二階建建物で昭和二三年以前に建築されたもので、かなり老朽化しており、原告やその家族は本件建物には居住しておらず、かなり以前から他に賃貸し、現在は一階を笹菊という屋号の写真店に賃貸し、二階は空室となっている。

(3) 原告において、原告側の正当理由につき特段の立証はない。

(4) 右事実によれば、被告の本件土地の契約更新拒絶には正当理由があるものと認められるので、原告と被告との間の賃貸借契約は終了したものといわざるをえない。

5  そうならば、原告の本件土地につき借地権の確認を求める本訴請求は理由がない。

二  反訴について

1  反訴請求原因事実は当事者間に争いがなく、原告主張の抗弁及び被告主張の再抗弁については本訴について判断したとおりである。

2  したがって、本件土地に関する賃貸借契約は終了したものと認められるので、被告の反訴請求は理由がある。

三  よって、原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直彌)

<以下省略>

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